2010年 06月 24日
根岸 子規庵 |
俳句、短歌の革新者正岡子規が、病臥しながらも文学の近代化の為に、精力的に情報発信し続け、命の炎を燃やし尽くした場所、子規庵。
現在の子規庵は東京大空襲で焼失してしまいましたが、昭和26年にはほぼ当時のままの姿で再建され現在に至っています。

(写真撮影は禁止だったのでチラシをスキャニングしました)
子規の周りには、俳人の高浜虚子や河東碧梧桐、寒川鼠骨、歌人の香取秀真、伊藤左千夫、長塚節、画家の浅井忠、中村不折、文豪の夏目漱石、森鴎外をはじめ友人、知人が常に集まり、句会や歌会、文学美術談義がこの子規庵で行われていたそうです。
「墨汁一滴」「病床六尺」・・・伸ばせなくなった左膝を入れるため板を切り抜いた子規愛用の机がぽつりと展示してありました。
病気と闘いながらも、食に執着した子規の姿も垣間見られ・・・。
今度「仰臥漫録」を読んでみよう。
訪れる人も無く一人きりだったので机の前にすわってゆっくりと庭を眺める事が出来ました。
NHK「坂の上の雲」の放送が始まると混むと思うので、その前に是非。
子規庵
敷地外からは撮影できたので玄関を。

「仰臥漫録」に書かれた水彩画の絵葉書を買いました。

現在の子規庵は東京大空襲で焼失してしまいましたが、昭和26年にはほぼ当時のままの姿で再建され現在に至っています。

子規の周りには、俳人の高浜虚子や河東碧梧桐、寒川鼠骨、歌人の香取秀真、伊藤左千夫、長塚節、画家の浅井忠、中村不折、文豪の夏目漱石、森鴎外をはじめ友人、知人が常に集まり、句会や歌会、文学美術談義がこの子規庵で行われていたそうです。
「墨汁一滴」「病床六尺」・・・伸ばせなくなった左膝を入れるため板を切り抜いた子規愛用の机がぽつりと展示してありました。
病気と闘いながらも、食に執着した子規の姿も垣間見られ・・・。
今度「仰臥漫録」を読んでみよう。
訪れる人も無く一人きりだったので机の前にすわってゆっくりと庭を眺める事が出来ました。
NHK「坂の上の雲」の放送が始まると混むと思うので、その前に是非。
子規庵
敷地外からは撮影できたので玄関を。

「仰臥漫録」に書かれた水彩画の絵葉書を買いました。

by kawasemi104
| 2010-06-24 20:18
| ちょっと遠くまで






