2011年 06月 13日
被災地へ |
えるさんのお手伝いで被災地に行って来ました。
ボランティアさんのボランティアです。
気仙沼市の小原木中学校避難所に支援物資を降ろして、葦のめ幼稚園へ。
かわいい園児達の笑顔に元気をもらい、南三陸町の歌津で炊き出しボランティアチームに野菜を届け、お互いにエールを送って、海岸線を南下・・・
テレビや新聞で切り取られた「風景」として見ていた被災地も、車窓から連続的に見るとそのコントラストに驚かされます。津波が来たか来ないかで大きく景色が異なるのです。いきなり目に飛び込んでくる壊滅状態の場所。そうかと思えば、すぐにまた何もなかったような街の景色。見えない天国と地獄の境界線がそこには存在していました。
南三陸町の志津川の風景には言葉が出ませんでした。
あり得ない方向に曲がった電信柱や標識、ぐちゃぐちゃになった自動車、海岸から何百メートルも離れたところで建物に突き刺さる船、スケルトン化したビル、屋上にひかっかた漁具。書いても書いても足りないほどの光景。そしてそこに重なる人生や人の暮らしを思うと、胸がいっぱいになりました。
骨組みが残った建物に看板が掲げてありました。

よみがえれ故郷 ふんばれ南三陸町









ボランティアさんのボランティアです。
気仙沼市の小原木中学校避難所に支援物資を降ろして、葦のめ幼稚園へ。
かわいい園児達の笑顔に元気をもらい、南三陸町の歌津で炊き出しボランティアチームに野菜を届け、お互いにエールを送って、海岸線を南下・・・
テレビや新聞で切り取られた「風景」として見ていた被災地も、車窓から連続的に見るとそのコントラストに驚かされます。津波が来たか来ないかで大きく景色が異なるのです。いきなり目に飛び込んでくる壊滅状態の場所。そうかと思えば、すぐにまた何もなかったような街の景色。見えない天国と地獄の境界線がそこには存在していました。
南三陸町の志津川の風景には言葉が出ませんでした。
あり得ない方向に曲がった電信柱や標識、ぐちゃぐちゃになった自動車、海岸から何百メートルも離れたところで建物に突き刺さる船、スケルトン化したビル、屋上にひかっかた漁具。書いても書いても足りないほどの光景。そしてそこに重なる人生や人の暮らしを思うと、胸がいっぱいになりました。
骨組みが残った建物に看板が掲げてありました。

よみがえれ故郷 ふんばれ南三陸町









by kawasemi104
| 2011-06-13 19:04
| ちょっと遠くまで






